
飲食サービス、卸・小売業
株式会社まぐろ茶屋
取締役社長
取締役社長
岩本 高紀さん
Uターン
40代
静岡県焼津市
= Profile =
1970年生まれ。焼津市出身。県外の大学で経済学を学び、父親が経営していたまぐろ専門問屋へ就職。2007年より天然まぐろにこだわった料理店「まぐろ茶屋」を社内創業。そのほか、焼津鮮魚組合の魚食普及担当理事として活動。地元や地域のこどもたちへ食育活動の一環としてまぐろの解体ショーや勉強会を企画・運営している。きっかけ ~UIターンまでの経緯~
東京よりも焼津、バブルよりもマグロ
私の父は港町焼津でまぐろを専門とする卸問屋を生業としていました。半世紀以上に渡り、天然まぐろの良し悪しを見極めてきた、いわば「目利き」と呼ばれる職人の仕事です。曾祖父が現在の焼津市魚仲水産加工業協同組合の初代組合長で、祖父は焼津さかなセンターの二代目社長……、焼津に生まれ、こうした家系で育ったからこそ、幼少期から魚が食卓を彩るのは至極当然のことでした。
商業高校で経営学を学んだのち県外の大学で経済学を学びました。私が就職活動をむかえた当時はまだまだバブル後期ということもあり、超がつく売り手市場。そんな中でも、地元焼津に帰り家業を継ぎたいと。県外に出たことにより一層地元の良さに気付かされました。私はマグロが大好物ですし、「心からやってみたい」という前向きな気持ちでしたね。
就職後は大好物なんて甘いことは言っていられない本当の3K(きつい・汚い・危険)現場でした。マグロを1からすべて叩き込まされた格闘の日々。グローバル化とともにスペインの蓄養まぐろを買付けに行き、餌やりから加工流通、輸出入に関して学んだり、中国では冷凍マグロの加工方法や扱い方の指導を教えに行ったり、下積みとスキルアップを重ねながら、マグロのノウハウでは絶対に負けないという強い自信にもつながりました。好きだからこそ耐えられるし、好きこそものの上手なれですかね。
商業高校で経営学を学んだのち県外の大学で経済学を学びました。私が就職活動をむかえた当時はまだまだバブル後期ということもあり、超がつく売り手市場。そんな中でも、地元焼津に帰り家業を継ぎたいと。県外に出たことにより一層地元の良さに気付かされました。私はマグロが大好物ですし、「心からやってみたい」という前向きな気持ちでしたね。
就職後は大好物なんて甘いことは言っていられない本当の3K(きつい・汚い・危険)現場でした。マグロを1からすべて叩き込まされた格闘の日々。グローバル化とともにスペインの蓄養まぐろを買付けに行き、餌やりから加工流通、輸出入に関して学んだり、中国では冷凍マグロの加工方法や扱い方の指導を教えに行ったり、下積みとスキルアップを重ねながら、マグロのノウハウでは絶対に負けないという強い自信にもつながりました。好きだからこそ耐えられるし、好きこそものの上手なれですかね。
仕事について
経営の荒波を乗り越えた方法
私たちの最大の売りは「天然まぐろの目利き」です。天然まぐろは自然保護の観点からも漁獲規制がかかり高騰する一方、蓄養まぐろは生産性でも品質の一定化、価格面でも安定し、魚のプロでなくても取り扱いができる「商品」となり普及しました。スペインへ買付・視察に行った時も、天然まぐろの希少さと時代ニーズに沿った蓄養まぐろの将来性とを比較しながら、原点である天然まぐろに特化した経営を模索・再構築しようと思ったからなんです。
そして、その視察から7年が経った2007年に満を持して開始したのが、天然ものにこだわった「まぐろ茶屋」です。専属の目利きが厳選した天然まぐろをお手頃な価格で提供。開店当初は物珍しさもあり、賑わいました。しかし、売り上げが徐々に低迷。開店3年目に私が店舗の経営立直しに名乗り出たのですが当時、トップからは「1年でダメなら店を畳むぞ」と言われ文字通り”背水の陣”で店舗の再生に取り組みましたね。
再生の要になったのは、会社の強みでもある「天然まぐろの目利き」。その信頼を徹底することで、地元の水産仲間が友人やお客様を連れて食べに来てくれたり、口コミがきっかけで新規のお客さんがまた新たなお客さんを呼び寄せてくれました。また、並行して行った、観光会社やバス会社への団体昼食のPRやFacebookの活用、広告宣伝のターゲットの見直し・絞り込みが実を結んだ部分が大きかったです。
そして、その視察から7年が経った2007年に満を持して開始したのが、天然ものにこだわった「まぐろ茶屋」です。専属の目利きが厳選した天然まぐろをお手頃な価格で提供。開店当初は物珍しさもあり、賑わいました。しかし、売り上げが徐々に低迷。開店3年目に私が店舗の経営立直しに名乗り出たのですが当時、トップからは「1年でダメなら店を畳むぞ」と言われ文字通り”背水の陣”で店舗の再生に取り組みましたね。
再生の要になったのは、会社の強みでもある「天然まぐろの目利き」。その信頼を徹底することで、地元の水産仲間が友人やお客様を連れて食べに来てくれたり、口コミがきっかけで新規のお客さんがまた新たなお客さんを呼び寄せてくれました。また、並行して行った、観光会社やバス会社への団体昼食のPRやFacebookの活用、広告宣伝のターゲットの見直し・絞り込みが実を結んだ部分が大きかったです。
プライベートについて
地元への恩返し
仕事以外に力を入れているのは、食育活動です。焼津鮮魚組合に所属しており、そこで魚食普及の担当理事をしているんです。毎年行っているまぐろ解体ショーは11年間も続いています。きっかけは自分の子どもが卒園するときに役員として企画・開催したことでした。以来、食育の依頼も口コミで増え、毎年4~5園ほどだったのですが、今年度はすでに市内7園で開催予定です。
ほぼボランティアなんですけどね、何より焼津が好きですし、焼津で育った子どもたちに天然まぐろのもつ自然本来の甘さというか、本物の味を伝えることが「魚の町やいづ」で水産業に携わっている者の宿命ですよね!大きなまぐろが目の前に現れると、もう飛びつくように目を輝かして、近づいて触ったり質問攻めしたり…。やっぱりサクや切り身で海を泳いでいるわけではなく目や歯、黒い皮にウロコもある一匹のまぐろから真っ赤な美味しいお刺身が出来上がるまでを目に脳裏に焼き付けてほしいんですよ。食のありがたみも。
「ヘタにわかりかけるよりも、わかる前」その段階で、目で舌で体感させることができるのは、港町焼津ならではと思っています。目の前の駿河湾は大井川や安倍川、富士川など、一級河川がたくさん入ってきています。つまり、栄養分が駿河湾に注ぎ込まれ、いい漁場・いい魚が育っているということ。こうした環境を活かしながら地元の魅力をもっとPRしていきたいですね。
ほぼボランティアなんですけどね、何より焼津が好きですし、焼津で育った子どもたちに天然まぐろのもつ自然本来の甘さというか、本物の味を伝えることが「魚の町やいづ」で水産業に携わっている者の宿命ですよね!大きなまぐろが目の前に現れると、もう飛びつくように目を輝かして、近づいて触ったり質問攻めしたり…。やっぱりサクや切り身で海を泳いでいるわけではなく目や歯、黒い皮にウロコもある一匹のまぐろから真っ赤な美味しいお刺身が出来上がるまでを目に脳裏に焼き付けてほしいんですよ。食のありがたみも。
「ヘタにわかりかけるよりも、わかる前」その段階で、目で舌で体感させることができるのは、港町焼津ならではと思っています。目の前の駿河湾は大井川や安倍川、富士川など、一級河川がたくさん入ってきています。つまり、栄養分が駿河湾に注ぎ込まれ、いい漁場・いい魚が育っているということ。こうした環境を活かしながら地元の魅力をもっとPRしていきたいですね。

岩本 高紀さんがオススメする焼津のイイトコ
「駿河湾で味わえる”うま味”」
「駿河湾で年中美味しいお魚が味わえるのは数多くの河川が栄養を運んでくれるおかげ」と岩本さん。さらに、焼津の山に目をむければ、お茶畑やみかん畑も。ちなみに、岩本さんが経営する「まぐろ茶屋」はJR焼津駅から車で10分。駿河湾を眼前に、空気の澄んだ晴れの日には富士山も見ることができます。
「駿河湾で年中美味しいお魚が味わえるのは数多くの河川が栄養を運んでくれるおかげ」と岩本さん。さらに、焼津の山に目をむければ、お茶畑やみかん畑も。ちなみに、岩本さんが経営する「まぐろ茶屋」はJR焼津駅から車で10分。駿河湾を眼前に、空気の澄んだ晴れの日には富士山も見ることができます。